会社概要
株式会社ジャパンビジネスフロー
目的
1.経営コンサルティング
2.教育セミナー、講演、企業研修
3.心理カウンセリング、コーチング
4.セールスプロモーション、プランニング
登記 渋谷区桜丘町3-16渋谷ビジネスガーデン110
オフィス 杉戸町杉戸7-4-24
[email protected]
代表
【プロフィール】
芳川 博貴
フロー・エンジニア/心理コンサルタント/生成AIプロンプトエンジニア
一部上場大手総合印刷会社に29年勤務。100社以上の企業の広報・マーケティングを支援。
IT時代の幕開け早々、社のHP開発を提言して実現。制作チーフになる。
管理職時代、まだ昭和経営が色濃い中、部下25名、3名のグループ長に対し、
利益の結果のみ求められる職場環境の中で、どう結果出すか熟慮。
自分自身は、クリエイティブな仕事の面白さを、
社業の中で自分で開発していくやり方を実行していたので、
多くの部下にそのやり方を伝授し、また事業部全体では、数字達成のために、
怒鳴ったり叩いたり(机とか)が当たり前だった風潮の中、
それは自分の部署では禁止し、常に笑顔と励ましの場にすることを心砕いた。
「フロー型マネジメント」を実践し、低迷する市場で唯一業績を伸ばし続ける。
社が目標の30%しかいかない月もあるくらい、毎月惨憺たる結果が続く中、
私の組織はずっと前年比15%増を維持していた。
数字だけでなく、全員で取材に外出したり、面白い調査企画などをやらせるなどした結果、
意欲的に笑顔で仕事を進めるメンバーが多かった。
隣のチームの女子社員が上司に向かって「芳川チームに入れてください!」と
怒鳴りつけていたのが印象深い。
(そういう言い方はフローを阻害するのだが、、)
3年ほど経った頃、突然、転勤命令。
組織は盛り上がっている。
上司は私を「本部長にするための経験をさせるための移動だ」と述べた。
しかし私は、チーム作りの成功が、そこに影響力を出せていなかった
私の上司(本部長)の「嫉妬」を買ったのだと直感した。
(あくまで想像)
私の移動後、大きなクライアントを次々失い、
営業の課が丸ごとひとつなくなる結果となった。
数億規模の損失と思われる。
営業本部長が元私の上司に「芳川を呼び戻せ!」と怒鳴り込んだと後任から報告があった。
その後任は良い上司になったが、私と経験と実績が違いすぎて、多くの得意先を失ってしまう結果となってしまった。このような「嫉妬人事」の企業損失は全国で計り知れない数だろう。
私は、それを機に社内ベンチャー制度に応募して合格。
携帯アプリを開発し、子会社して独立する予定だった。
しかし、そこでも周囲や上からイジメ、邪魔を徹底的に受けた。
自分が好きでやりたい仕事で会社を立ち上げ、社長として独立するなど、
普通のサラリーマンからしたら、羨ましくてとても許せないことなのである。
社内ベンチャー担当常務から「独立は理屈に合わない」と言われた。
社内ベンチャー制度は、独立が前提なのだが、、。
そして、スマホ時代の到来で、開発資金が枯渇し退職に至った。
その時点で自分のサラリーマン生活、一般的には昇進を目指し、
収入を上げ、安定した生活を目指すという観念は、完全に失敗に終わったと思った。
(もともと昇進を目指す意識はまったくなかったが)
しかし、社内ベンチャーで開発したアプリの機能や、その過去の実績など、
人にはなかなかできない突出した経験をできた誇りは残った。
社からアプリ開発で取得した特許や商標を譲り受けたが、
自分で全開発資金を出して続ける意欲と気力は残っていなかった。
その経験の中で、感情・心理が組織のパフォーマンスに与える影響の
大きさを痛感して心理カウンセラー資格を取得。
悩み解決のカウンセリングから、生活発展のためのコンサルティングを実施。
感染症流行をきっかけに、企業管理職としての現場経験を融合させながら、
「フロー状態が組織の生産性と社員の幸福にいかに貢献するか」をテーマに、
心理学・脳科学・経営学の観点から、独自に研究・執筆を続けてきた。
「没入」の人生を歩んできており、私生活では、日本百名山制覇、神社5000社の撮影、
40代後半から始めたフルマラソンで、40レース連続サブスリー(3時間切り)継続中、
24時間走世界選手権ポーランド遠征、複数の陸上競技大会プロデュース
(代表は川崎国際EKIDEN、HNK4年連続放送)、
youtube発信、数種類のブログ公開(ラーメンブログ等)、
テキーラソムリエ取得など「フローで固めた生活経験」の
ビジネスへ転用を人生の使命としている。
現在はAIを武器に、組織から「負の感情」を取り除くコンサルティングを展開している。